あなたの世界に太陽はありますか
観劇をしたことがありますか、と聞いたら、割と難しい顔をされたりするのだろうか。そんなに大それた話ではなく、ただ単に「舞台を観たことがありますか」というだけの意味でも、結構重苦しく聞こえる気がする。
じゃあ別の話をしようかな、なんて。「テレビを観たことがありますか」。……今度はなんだかとても相手を馬鹿にしているように思える雰囲気になってしまった。うーん。
ならばこれでどうだろう。「ドラマを観たことがありますか」。うん、ちょうどいい、気がする。
素人知識で舞台照明もどきをやっている。まだ現在進行系。
もしもドラマをみたことがあるならば、実はその主人公の人たちって日光だけでいい感じの明るさになるわけじゃないんですよ、みたいな話をしようと思う。無いのであれば、そうだな、自撮りライトとかあるじゃん?くらいまで簡単な話に出来るかもしれないし、あるいはニュース番組に例えたほうがわかりやすいのかもしれない。
人間には凹凸がある。よって、任意の方向を向いたとき、当たり前に陰が落ちる。その調整のひとつの方法として、人工的な光、すなわち照明を使うということが出来る。ざっくりと言えばそういうことを、演劇というカテゴリの中でやっている。
高校生のときに学祭のバンドの簡単な照明をやって以来、舞台照明というものが好きだった。よって、今でも一番好きなのは、ライブの照明である。でも、今は演劇で舞台照明をやっている。
何を言っているのかと言われそうなことではあるが、舞台というのは、照明装置無しには始まらない。役者を照らすライトが無ければ、いくら役者が演技をしたところで観客の誰もその姿を認知することは出来ない。朗読劇とかであれば、また話は別なのだろうけれど。もちろん他の裏方も必要だが、視覚を担っているという点でも、私自身はかなり重きを置いて考えている。まあ、素人知識なわけですが。
しかし、結論から言えばそういう演劇だとかライブだとかって、かなり報われない世界だ。食っていけるか否かで言えば大部分がドロップアウトするものだと思っていたし、私の環境だけの話かと思っていたものの、知り合いの話でもそんな雰囲気だったのでそういうことなのだろう。
実際やっていてシンプルにしんどい。その場にある照明機材によって出来ることを素人頭でひねり出して、プランニングをする。しかし、実際に舞台を組んでみないとわからないことは多く、想像と異なることはままある。もっと機材の特性を専門的に学んでいればなんとかなったことはたくさんあるのだろうけれど、プロでもプロの道を進もうとしているわけでもない私には踏み込んだ勉強だと思っていた。あとは、経験上なんとなくわかってしまうというのもあった。
狭い世界で演劇をやって、色んなことがあった。つらいことと苦しいことの先に何があったか、終わりがきたら虚無になって、次がきたらまた苦しむ。それでも自分が作った照明の世界の中で役者が動き、観客がそこに目を奪われている光景が好きだった。好きだった。
いつか推しにピンスポットライトを当ててみたいよななんて考えながら、叶わなくても別に平気だなとも思い、だらだらと続けてきた。そもそも推しは声優なので、演劇の舞台には上がらないしな、みたいな。それでも、大きな箱で高性能な機材をふんだんに使う照明はやってみたかったなと思う。もっと華やかな世界を作ってみたかった。
大学を辞めると決意してから、その後の進路を考えていたときに、舞台照明を学べる専門学校に行くかを悩んだこともあった。あったけれど、すでに大学4年分の学費をパーにして突っ走った挙げ句好きだと思っていたのは勘違いだったかもしれないというような、もしくは踏み込みすぎて嫌いになってしまっただとか、そうなってしまうと悲惨極まりなくて、夢はやはり叶わないからこそ輝くのではないかと思うことにした。
じゃあこの灯体をここに引っ掛けてコードをこっちに伸ばしてきて、という指示を出したら、至極面倒くさいことを言われたとでも言いたげな顔をされた。一応、何か手伝いましょうかと言われたからお願いしたのだけれど。舞台照明が土方作業であることを把握していない演出家もこの世にはいるのだろうね、みたいな。いくら説明をしたところで普段照明機材に触れない人にはなかなか伝わらないので、いっそ私が分裂して作業をしたかったし、時間に余裕があれば延々とひとりで作業していたと思う。私は案外、土方作業も嫌いではない。じゃあ、何がこんなに苦しいのだろうなと思うと、やはり力仕事の割にバックが少ないことだったのだと思う。公演が終わるたびに怖かったから、お客さんの感想もあまり読めたことは無い。舞台照明について触れるような人は大抵演劇を嗜んでいて、どちらかと言えばマイナスなことを言われがちなので。褒めてくれる人も世の中にはいるのだろうが、私の周りにはいなかったね。
そんな感じの話を何歳も上の先輩にしたら、「そうだよ、だから早くこっちに立ちなさい」と舞台上を指さされた。そうだよなあ、と思った。だって、その上に立ったときは、お客さんの感想が気になって仕方なくて、公演に関するアンケートを食い入る様に読んでいた。つまりはそういうことだ。そして、悲しさの根源もこのあたりにあるのだと思う。
誰かを目立たせるために自分が土台になることは結構好きだ。でもやっぱり私は聖人でもなんでも無いので、たまには「あなたがいてくれてよかった」と言われたくて、そういう風な扱いよりもただの便利屋だとか、他の人の下位互換だとか、そういう風に無意識にでも思われているのだろうなと感じることが多くて、怒りを通り越して最悪に悲しかった。あなたのその演出は、私が舞台を照らしているから成り立つのであって、役者だけじゃないんだよと叫びたかった。もっと言えば、何もわからないので全部おまかせしますというような態度で、私が色々指摘してみても全然考えていないような反応をされて、そんな構えでよく自分の舞台に「照明」なんて項目作れるよなとか思っていた。体裁を保つためだけに消費されたくは無い。ノーと言えない私が一番悪かったから、文句を言う筋合いも無く。
雨が降るとやっぱり嫌ですかね。外出も億劫だし、洗濯物も乾かないし。雪が降るともっと嫌? そうか、それは確かにそうですね。では、曇りはいかがでしょうか。ああ、それでもやはり気持ち良い日向には敵いませんか。
極めて抽象的だけれど、おそらくはこんな感じである。
あなたの世界に太陽はありますか。私の世界には、ありました。