会社が潰れるので多分無職になる
思えば去年の夏がとてもとても遥か昔のように感じる。
あの夏は大変だった。というか、あの年は。”あの”なんて言うには近すぎる、1年前の話である。
大学を中退した私は、東京の某所で毎日布団に転がって死んだ魚のような目をしては求人欄を見ていた。就職活動はしてみるものの、そのたびに自分が社会にとって不必要な存在であることを知らしめられて、精神的に限界がきていた。そんなときに救いの手を差し伸べてくれたのが現職であった。
肩書は「ジュニアエンジニア」だった。Rubyを少し触って楽しく感じていた私は、Rubyをマスターしたいと申告し、日々オフィスに通っては書籍を読んで勉強に四苦八苦していた。勉強をしているだけなのに時給をもらえるなんて、信じられないくらい嬉しいことだった。だからかなり頑張っていたと思う。それこそ、人生のほとんどを費やしてきた受験勉強と同じくらいの労力はかけていただろう。
ところがある日、前総務が退職することになった。引き継ぎの期間はかなり短い。そして、弊社は何よりもエンジニアの塊であった。そこで白羽の矢が立ったのが私だった。半月ほどかけて総務の業務を教えてもらい、実践し、間違っていたら訂正してもらう。アルバイトなりに頑張っていたと思う。初めてのことばかりだったので疲弊もしたが、結果として今はそれが貴重な体験になっていると思うし、今の自分を作っていると思う。
それから数ヶ月、社長から嬉しい言葉をもらった。
「しゃみさん、正社員になりませんか?」
願ってもない言葉だった。二つ返事で正社員になりたいですと答えた。そして、今年の元旦に正社員にしてもらった。アルバイトと違って稼働時間は多くなるが、その分給与も安定する。何よりも、息苦しく感じていた旦那の扶養から外れることができるのだ。(弁明しておくと、旦那が嫌いとかではなく、単純に旦那におんぶに抱っこになっている自分が情けなくて仕方がなかったのだ)
楽しいことばかりではなかったけれど。苦しいこともたくさんあったけれど。会社の倒産情報が公開されたとき、しばらく悲しんだあとに考えたのは、「倒産にあたって失業の手続きや雇用関係の精算をしなければならない、方法を調べなければ」ということであった。多分、過去にも未来にも私がこんな風に自然と我が身よりもコミュニティの心配をするのはここだけな気がする。それくらい優しくしてもらった。
5年と半年ほど。お疲れさまでした。
ゆっくり休みましょう。
きっと私は誰も選ぶことができなかった
恋活とか婚活とかいう言葉を耳に(目に)するようになって久しい。私は幸か不幸かそういった”活動”をする機会がなかったけれど、果たしてそれが良いことなのかはわからない。だって私はずっと誰かを選ぼうとしなかった。目の前にいる自分に好意を持っているらしい人が私を選んでくれたから、それに乗っかったり乗っからなかったりしただけ。決して選んでなんかいない。選択肢があるとすれば、「悪い」か「悪くない」くらいだった。究極、私に対する好意にぶら下がっていれば、なんとかなると思っていた。どうにもならなくなって色んなものががんじがらめになった挙げ句、お互いが必要以上に取り返しのつかない傷を追っただけだった。だけではないだろうけれど、残る結果はそれだった。
ああなんだか、私は私が思っていた以上に間抜けで不誠実だったらしい。普通になりたいと願った。でも私には「普通」がわからなくて、「普通」という名の理想を追いかけていたに過ぎないのだと思う。受けた悪意は確かに普通じゃなかった。それでも、誰かの真面目な思いに打算で乗っかっているような人間が最後まで綺麗に幸せでいられるはずもなかった。
まあ全部が全部私が悪いなんて微塵も思っちゃいないけれど。人と人との付き合いで100%どちらかが悪いなんて起こり得ない。
願わくば、近い未来の自分が「自分を救えるのは自分だけ」だなんて他者の手助けを物欲しそうにしながら言っていなければ良いな、と思う。救われたいなんて思っていることこそ最大に救われないことな気がしているから。図々しく「助けてあげよう」とか思い上がっているくらいでちょうどいいのかもしれない。ずっと下ばかり見ては不安を覚えてきたのだから、”救い”があるとすれば上向きだろう。
多分1ヶ月くらい断薬したので所感
・死にたい
・苦しい
・クソみたいに病む
・感情が制御できない
・些細なことでイライラする
断薬、良いこと全くねえ~~~~~。自己判断による断薬はやめましょう、本当にマジで。
今回は別に断薬するぞ!って感じで断薬したわけではなく、
眠剤が効かなすぎて困る→先生に相談する→眠剤ガチャ始まる→合うかどうかの試しなので2週間ごとに通院しないといけなくなる→夕方に病院行ったら薬局が閉まってて薬が受け取れなかった→メンタル死んでて動けないため薬局に行けず薬を切らす→薬を飲んでいないので出力が下がって病院にも行けなくなる←イマココ
って感じです。困ったことに病院を予約しても予約してもブッチしてしまう。薬を飲まないと動けないのに薬をもらいに行くための薬がないままずるずるきました。最初は「いうて最近うつ治ってきてる感じあるしちょっと薬抜くくらいどうってことないでしょ」程度の気持ちでした。それがみるみるうちにここまで落ちてるんだから笑えない。通院は大事。しかし、最近暑すぎて本当に外出できない……。
ギリギリ出社は出来てるんだけど、なぜか病院は行けていない。出社と通院だと出社を優先しがち。なにせ病院と職場が反対方向にある(薬局は更に職場と逆にある)ため、このクソ暑い中をぽてぽて歩いたあとに出社する体力が残らないのだ。となると、自分の中で雑に天秤にかけて出社して仕事することを選んでしまう。そもそも仕事にも差し支えるんだから病院に行けという話なのだけれど。通院、難しい。主治医も私が薬切らしてることに気が付かないのか何も言ってこないし。言われたら気まずくて更に通院できなくなる気もするけど。
そんな感じでクソ病んでるし早く病院いきたい。予約はしてるんですよね、行ってないだけで。次は来週火曜日の10時から。そういえば歯医者もナチュラルにすっぽかしてるな……。自分の体のケア、怠りがち。気をつけていきましょう。
マジでヤマもオチもない話になった。夏だしエモい記事でも書きてえ~、まあ特にネタが無いので書かないと思います。来週の火曜日病院に行けるか応援よろしくお願いします。
メンヘラ、生き延びる(完結編)
人と成りて泡を想う。
随分と書くのをサボってしまったけれど、私は生きている。
まだ私を苦しめていた取り巻く環境が大きく好転したわけではないが、それでも以前よりかは遥かにマシになった。今日まで生き延びられたのはそれが大きい。
先月の今頃はもう死んでいるだろうと思っていた。けれど、私は私を殺せなかった。私は私を守ってしまった。……私は私を、愛せなかった。
「頑張る以外に私になんの価値があるの」
「どうせ私は大学も卒業できなかった、脳みそに障害のある出来損ないよ」
「早く死にたい、早く死にたい、早く死にたい、私がどこに行っても誰も何も言わないでほしい、私なんかに構わないでほしい、でも死ぬ前に借金だけは返すって決めてるから働き詰めて返すの」
「24時間働いたって良い、あと10年も生きられたらそれでいい」
些細な違いはあれど、私はこんなニュアンスの言葉を両親と旦那さまの前で泣きながら吐いた。私を産み、どんなに困らせても愛してくれた両親を前に。私を愛し、生涯を共にすると誓って結婚してくれた旦那さまを前に。つくづく、私は出来損ないだった。
「あなたは自分に厳しいのね」
母は言った。しかし、自分に厳しく生きる術を植え付けたのもこの人と父だったとも思う。もちろん、それだけではないけれど。
「元気で居てくれたらそれだけで良いんだけど」
旦那さまは言った。しかし、ニートになってしまった私を養おうと奮闘して心を壊しかけていた時期があるのも事実だった。
私を守るのはいつだって私の役目で、誰かの役目ではない。そして、私を一番正しく守ってくれるのはお金だということも痛感させられた。いつだってわがままばっかりで子どもみたいな私は、この世はお金で解決出来ることが多いのだと信じて止まない。
けれど、それは施されるべきものでもない。私が私の体を使って私自身のちっぽけな力でどうにかすべきことだ。わかっているのに、どうして私はうまくやれないんだろう。
例えば義務教育で、お金の稼ぎ方でも教えてくれればよかったのに。そう思わずにはいられない。私には知恵も力もなくて、脳みそを制御する薬でなんとか動いている次第だ。いつまでも薬に頼るわけにはいかないので減らしてもらったところ、調子があまり良くなくなってしまった。「誰か」ではないけれど、「何か」ではある薬は、使っているとまるでズルをしているかのようにも思えてきてしまう。あの人はいつも健全なのに、どうして私はこんなものを飲んでいるのだろう。
体が資本だということは正しいと思う。だから、体の様々な部分を検査してみることにした。手始めに血液検査を。結果は金曜日に出るので、どうなるかと思っている。今まで薬を大量摂取したツケはどのような形で出るのだろうか。
間違った行いはいつか自分に、目に見える形で返ってくる。そのいつかに怯えていても仕方ない。
自分はどこかおかしいと気がついていてもそれを可視化せずにいられる人のことを羨ましく思う。嫌味ではなく、それは、その自分を許容出来ている証拠だと思うから。私はおかしい自分を許せない。許容できない。頑張らない自分を肯定したいとも思わない。
今更立派な人間になんてなれやしないけれど、もしかしたら、今ならまだ取り返しがつくかもしれなくて、だから怖い検査結果とも向き合おうと思う。向き合って、何が悪かったかを追求して、改善して、少しでも良い方向に持っていけるように努力する。それが私のやり方で、私に出来る些細なことだった。だから頑張る。たとえ「あなたは明日死んでもおかしくないですよ」と言われたって絶望なんかしない。まだ今日があるのなら、明日につながるのは今この瞬間だから。
人と成りて泡を想う。もしも死ぬなら、キッチンのシンクにゆっくりと溶けて流れていくような死に方をしたい。そんなことが叶わない程度に汚れているのは知っているけれど。
メンヘラ、生き延びる 2020/04/18
土曜日っていつも何してたっけ。
そんなことを考えながら朝っぱらから飲酒をしていた。
ゲームでもしようかなと思ってTwitterでやるゲームの投票をしてみたら見事に4つのゲーム全部に票が入ってしまって悩んだので軽く仕事をしてみてからどうぶつの森をした。やっと初回のローン返済が終わったので家を大きくする工事の予約をしておいた。どうぶつの森はたぬきちに搾取されるゲームと思っていたが、注文して1日で家を建てたり増築したりするあたり、実はあのローンは破格なのでは?と思い始めた。同時に誰が私の家をいじってるんだろうとか家をいじってもらってる間自分はどこに居座っているんだろうとか考えてたら普通に怖くなってきたので酒で思考を曖昧にした。
ふと思い立って体温を測ってみたら何故か34.7℃しかなかった。死んでるのかと思った。お風呂に浸かれば良いと言われたので何も考えずにお風呂に浸かったら、上がってから急激な体温の上昇のせいか具合が悪くなってしまった。そうTwitterに書き込んだら友達から「低体温症のときにお風呂は駄目。布団とかでゆっくり温めないと」と言われた。それはそう……どうして思い至らなかったのか……しかもいつもどおりの温度設定だったため、湯船は42℃の湯でいっぱいになっていた。低体温と酒は人の思考をおかしくするのか、はたまた私が馬鹿なだけなのか。
まあ冷静に考えて酔いと風呂の相性も最悪だったと思う。水分補給をしてからふらふらと布団に倒れ込んだら、いつの間にか午後になっていた。旦那さまから連絡がきたのでお義兄さんの家に行くことになった。渋谷を経由したのだけれど、あれほど人のいない渋谷は今後見ることがあるのだろうか。非日常感が少し怖かった。
お義兄さんの家に少し滞在してから、渋谷にご飯を食べに繰り出したが、飲食店が軒並み閉まっていて店を見つけるのに苦労した。ラストオーダーまで時間がなさすぎるのだ。このご時世、晩ごはんを外食にするなら18時までには現地にいたほうが良いらしい。結局日高屋に入って、私はとんこつラーメンらしきものを食べた。メニューにはとんこつラーメンと書いてあったがあれ全然とんこつラーメンじゃない。やっすいので別に構わないけれど。
食べたらすぐに解散して家に帰った。その後のことはよく覚えていない。とりあえずガッチガチの不眠のターンがきていて、ともかく深夜が暇すぎるという状態が続いている。人間2時間程度しか寝なくてもなんとかなるもんだけれど、暇なので寝たいところである。暇を持て余しすぎて自分のブログの過去の記事を大体さかのぼってしまった。不定期に読み返してはいるのだけれど、この1ヶ月弱はとにかく思考の揺れが激しいのがわかる。でも割と良いこと書いてんじゃん笑みたいな記事もあってウケる。私のブログは基本脳直で書かれているので、定期的に見返して自分の主義主張を固定し直すには丁度いい。本当はノートとかにまとめるべきなのだろうけれど、案外マシュマロでブログ楽しみにしてますと言われるので承認欲求!承認欲求!といった感じ。あとブログと同じノリでノートに文字を書いていたら手が痛くなると思う。私のブログ、長すぎ……? うんいや長いのはわかってます。ご愛嬌ご愛嬌。
そんな感じの生存2020/04/18。
あしたもあなたと眠りたい。
メンヘラ、生き延びる 2020/04/17
生きることは劇的だという言葉を思い出した。
世界は平凡で、未来は退屈で、現実は適当。それでも、生きることは劇的だと。私の大好きな清すぎて正しすぎて美しすぎる彼女はそう言った。そのとおりだと思った。
「人生はプラマイゼロだと言ってる奴はプラス」だと顔が可愛くておぞましい彼は言った。そのとおりだと思った。
私は彼女みたいに努力と才能の塊ではないし、彼のように勝利せずして人を陥れるようなことができる人間でもない。それならば、私は何になれるだろうかと思った。
答えは、平凡なように見えて実はいなくなると困る人材、だった。
お昼にはコンビニのカルボナーラを食べた。生パスタとやらはどうにもプラスチックのフォークでは巻き取りにくく、でも美味しかった。夜にはピザを食べた。手がギトギトになっても構わないくらい美味しかった。
死ぬ気はなくなった。同時に薬もなくなった。私が死んだところで何も変わらないのであれば、生きていたところで何も変わらないと思う。私の生存が害だというのであれば、ぜひとも私を視界の隅から追いやってくれればいい。私もどこかの隅っこでおとなしく生きているから。
飲めば何もかも楽になる合法的な薬なんて存在しないと思う。というか、そんなものに存在されては困る。一生飲み続けてしまうだろうから。
ところで、目下キャッシュショートを起こしているのをなんとかしたい。返さねばならないお金もあるので……。毎月クレカ代を10万円以下で抑えたいなあ。生きているだけなのにこんなにもお金がかかるとはつらいものがある。それでも生きるのだけれど。
生存2020/04/17。
あしたはきっと気分も晴れるよ。