水の都 しゃんどらんど

水の都での日常を記していきます。

夏の日の亡霊

朝、目覚めてぼんやりとした思考のままにカーテンを開けると、太陽の眩しさに目を潰される季節になった。空模様はまるで夏のそれだ。

朝とは思えない外の明るさに目が慣れてきた頃、冷房でひんやりとしている部屋の中に、私は亡霊を見る。

 

 

この家に引っ越してきて2年目、一人暮らしを始めてから4年目に突入した。

もうそんなに経つのか、という思いもあれば、すっかり一人暮らしにも慣れてしまったなあという思いもある。たまに実家に帰った時に感じるけれど、やっぱり共同生活って難しくて苦手だ。

前の家は更新が効かない2年契約の寮だったので、去年の春頃に今の家に移った。持ち物が多いので、かなり苦労したことを覚えている。

寮には規則があったため、基本的には人を呼ぶことが出来ず、私が人の家に行くことしかなかった。

そのため、引っ越してからは人を呼ぶぞ~~~と意気込んでおり、片付けをしつつ人が来た時により便利になるにはどうすればよいかということばかり考えていた。

人を自室に踏み込ませるのが苦手なくせに。自宅なのに自分の快適さをそっちのけで生活していた。

結果的に、去年1年間はほとんど人を家にあげることはなかった。片手で数えられる程度だ。

そんな笑えてしまうくらい少ない訪問の中で、私は、亡霊を生み出した。

 

 

 

「良いことが終わりを迎えたら、次の良いことを見つける。それが人生ってもんでしょ」

ひどく残酷なことを言うんだなあと思った。私の”良いこと”を崩しているのは、他でもないあなたなのに、と。

けれど、まあ、仕方ない。そういう類の、どうしようもないことは人生でたくさん起こりうる。この時の私もそれを理解していたし、今の私はその当時よりも冷静にそう思うことができる。

だがしかし。理解は出来ていても、感情はどうしようもなくて、私はひたすら泣いていた。

暑い暑い夏の日。呼吸すら苦しい程度の湿度の中、めちゃくちゃな生活を送りながら、少しでも自分ひとりの時間があれば屍のようになりながら、それでも生きていた。

時折、どうして感情は体の大きさを超えてしまうのだろうかと疑問に思う。そんな莫大な感情、人間程度の大きさで抱えきれるはずがないのに。

毎日見えないものに押しつぶされそうになりながら、世界中が敵になったような気持ちに苛まれながら、平気なふりして笑って、身だしなみをそれまで以上に整えて過ごしていた。

そうして、本当の自分が世界とずれていくような感覚にまた苦しくなって、夜になったらアルコールの力を借りて感情を発散させて。

どれだけ悲しくても苦しくてもやるせなくても、体裁は保たなければならないし、出勤はしないといけない。そういう年齢になってしまったのだから仕方ない。そう、仕方ない。

 

 

 

そしてそのうち、感情にも終わりは来て、私は空っぽになった。幸運なことに、私にも自分がいなくなったらひどく悲しんでくれる友達がいて、そのことの重大さにやっと気がついた愚かな私は、残暑が厳しい頃に、また新たに歩を進めることを決めた。

その頃から、亡霊を見るようになった。

きっと、あの夏の日、私が死んだ瞬間から彼女はずっと存在していて、しかし曇った瞳に彼女を投映することができなかっただけだ。

亡霊は息をつく暇もなく泣いている。まるでそれまでの私のように。

その姿を見ると、私も苦しくなる。体のどこかに傷があるようで、その傷がたいそう痛むのだ。どこについているのかは定かではないにもかかわらず。

彼女が泣いている限り、私に泣く権利はない。私が色んなものの力を借りて外に出した途方もない感情を、おそらく彼女はすべて抱えている。

その感情は私の体の見えない傷とリンクしており、彼女が痛みを感じる度に私も傷も嫌な風に痛む。

 目の前にいるのが少女であれば、声をかけてあげることもできる。しかし、いるのは亡霊だ。私が生み出してしまった、哀れな亡霊。

 

 

 この世に未練があって成仏できない幽霊は、そのうち悪霊化する。

彼らを成仏させるには、基本的には遺体や遺骨を燃やすことが必要だ。

しかし、彼女には遺体がないため燃やすことができない。そういう場合はどうすれば良いのか。

大抵は、生きていた頃に大切にしていたものなど、その人にまつわるものを清めて燃やす。

ある。亡霊を、彼女を生み出す原因になったものに、まつわるものが。私が住んでいる、このちっぽけな六畳一間にまだ残っている。

まるで呪いだ、と思った。手放すのがつらくて、ずっとずっと目の届かないところに隠していた。きっと私はいつか”それ”と心中するつもりだった。

ありがたい、という言葉が正しいかどうかはわからないけれど、今はそうはいかなくなった。 だから、燃やそうと思う。何もかも。

私の体に傷が残っている限り、おそらく彼女は消えないだろう。しかし、傷はいつかかさぶたとなり、古傷へと変わる。

傷がある/あったという事実は消えないけれど、塞がりさえすれば開くことはない。そうすれば、彼女の姿は今よりも薄くなる。私の記憶と共に。

まだ触れると出血してしまうであろう傷も、思い出すと鬱屈になってしまう記憶も、いつかは過去になるだろう。

そして、過去にするためには過去にするためのステップを踏まねばならない。痛くて苦しくても、彼女には還る場所があるし、私には帰る場所があるのだから。

あの夏の日から、1年近く。この呪われた日にちに眉をひそめながら、また一歩、前に進んで過去を生産しよう。