水の都 しゃんどらんど

水の都での日常を記していきます。

金曜日のワルツ

なんとなく浮足立っている金曜日の夜。

忙しさで言えばさほどでもないのだろうけれど、息をつく暇があまりなくて、最近ちょっとしんどい。が、明日からはつかの間の休息になる。たのしみ。

終わったらまたブログにまとめよう。

 

 

 

 

 

愛想笑い、やっぱり疲れるなあとか考える。相手を気遣ったり、自分の印象を良くするためだったり、愛想笑いをする理由はさまざまだ。

その反動なのか、心が休まっているときはあんまり笑わないことが多い。つまらなく感じているとかではなく、顔の筋肉に力が入っていない。つまらないときはつまらないナアという表情をしているので。

3月あたりとかプライベートで人と会う機会が多くて、その度にともかく笑顔を作っていた記憶がある。相手と向き合うと、ともかく楽しい表情を作ろうとしてしまうフシがあるらしい。逆に、複数人集まってる飲み会とかだと結構ぼけーっとできるし、自分が何かしら頭を回さなくても誰かが喋っているという安心感もあるので割と疲れない。そういう意味でも最近は複数人で居酒屋に行くほうが好きだ。

 

 

 

 

 

「不安は自由のめまいだ」という言葉がある。キルケゴールの言葉らしい。

漫画に出てきたので知った。教養がないので、キルケゴールがそんなことを言ったなんて知らなかった。

ここは今から倫理です。 1 (ヤングジャンプコミックス)

この漫画、面白いので読んでほしい。勉強になるので、私は何度も読み返している。

 

「男の人にはほどほどに気をつけてください」と言われて、自分の危うさをようやく自覚した私には、結構ずっしりきた。

口に出せないようなことをしたわけではないけれど、少し前の自分はやや遊び呆けすぎていたと思う。おかげで厄介なことになったりもした。

色んなしがらみがあって、たくさんの誘いを断り続けて、結局一緒に行きたかった人と一緒に行きたかった場所にはちっとも行けなくて。

特に断る理由が無くなってから、行きたかった場所にひとりで足を運んでみると、「なんだ、私はもう自由なんじゃないか」と感じた。同時に、高揚感もあった。

不安な気持ちなんてなかった。もしくは、自分が不安になっていることにすら気がつけなかっただけなのかもしれない。ただ、「いつでも好きな時にどこにでも行ける」という事実に心を踊らせていた。だからこそ、人と会うアポイントメントも二つ返事で了承していたし、多少遠くてもOKしていた。

自由というよりかは、無法だったのだろう。世間的とか一般的とかそういうものを無視して私は私だ!と思い、本気で自分は違うと信じていた。どれだけ自分が違うスタンスを取っていたところで、相手だって生きている人間だというのに。

"信頼"という言葉で相手の考えから目をそらしたり、高慢な考えで人間の欲求を舐めていたり、散々だったと思う。目も当てられない。

至らないことばかりして、心配をかけてしまった人がそれなりにいて、申し訳なかったなあと思い出しては少しへこむ。

そろそろ、自分に対してきちんとした意識を養っていきたいところ。がんばります。